不条理に慣れてはいけない 
 ~カミュの小説『ペスト』より~

武漢で発生した肺炎の件でカミュの小説『ペスト』を思い出しました。

カミュは不条理が人間を襲う事を書いています。今回の肺炎も不条理です。不条理は絶望的状況とも言えます。肺炎終息のメドはたっていませんが、これまで亡くなった方々を犬死させないためにも備忘録として書いておこうと思います。


中国人も日本人も現実を直視せず不条理に慣れきっていなかったか? 虚無的で責任回避の事なかれ主義に陥っていなかったか? 


ここ20年の中国を見ていると一部日本の高度成長期と共通する問題が見えます。短期的で急激な経済の発展や日々の利便性の向上(too much, too fast)で自分を誤魔化している。国民は自己中心的になり、根本原因である不条理な共産党に慣れてしまった。

一方、30年間経済が停滞する日本はどうか? 日本人は満ち足りたゆる〜〜い過保護な社会(comfort zone)に慣れてしまった。コンフォートゾーンは文字通り「居心地のいい場所」という意味です。日本は不安が極度に少ない居心地のいい場所なのです。居心地のいい場所に居続けると人間は成長しません。茹でガエル状態です。


カミュは「ペストと戦うには誠実である事が唯一の武器であると言います。絶望(不条理)に慣れることは絶望より悪い。絶望から脱出する事を考えなくなり時間の囚人になる」と言っています。中国社会(上流の数億人?)も日本社会も同じような問題に直面している。不条理への反抗は連帯しかない。今の状況を忘れない。死者を忘れないで記憶すること。


高校生の時は理解できなかった難解な小説も年をとって少しは理解できるようになったか、、、、。 今回の肺炎がいち早く終息することを望みます。