小学校の今と昔 
~教育改革の芽生え~

娘の入学式に参列するため、先日小学校の教室や体育館に入りました。娘が通い始めた小学校は母校ではないのですが、久しぶりに小学校という空間に入り懐かしい気持ちになりました。今回は小学校を訪れたり、教科書を見たりしながら感じたことについて書きます。

小学校の変化

私が小学校を卒業したのは30年近く昔なので当然なのですが、沢山の変化がありました。

  • 小学生の背負うランドセルがカラフルに
    男の子は黒、女の子は赤という固定概念は今や昔で、カラフルなランドセルが桜吹雪のなかで走り回っていました。自分の好きなものを選ぶということは、自分の価値観を形成する上でも大切なことですね。
  • 通学のマストアイテム『防犯ブザー』
    誘拐など児童が対象となってしまう犯罪に対応し、防犯ブザーを配布する自治体や教育委員会が増えているそうです。危険が増えたこともありますが、心配性・過保護な親が増えたことも背景としてありそうです。私もその一員です。
  • 『おやじの会』なる人達がお手伝い
    背中に『おやじの会』と書かれた服を着た人たちが、新入生たちを誘導していました。子供たちが地域で遊ぶ場を作りたいと、有志のお父さんたちが子供向けのイベントや学校行事の手伝いをしているそうです。職場だけでなく、子育てや地域活動にも積極的に関わりたいと思う男性が増えています。
  • 全ての教科書に書かれた期待
    配布された全ての教科書の裏表紙に、以下の文字が書かれていました。どのような期待なのか説明してあげる必要がありそうですが、これは親の役目でしょうか。
    『この教科書は、これからの日本を担う皆さんへの期待をこめ、税金によって無償で支給されています。大切に使いましょう。』

その他にも全ての教室に、エアコンが完備されていました。また大きなテレビや立派なプリンターが各教室に置かれ、時代の変化を感じました。入学式での国歌と校歌の斉唱は、コロナ対策で事前に在校生が録音したものを再生していました。私が小学生の頃には国歌斉唱がなかったのでこれも時代の変化かなと思いましたが、ネットで調べると地域による差のようですね。

 

社会が求める人材の変化

コロナ禍での入学式ということで時間は30分と短かったのですが、定番である校長先生の挨拶はありました。私が抱いていた昔の小学校に対する印象を変える発言もあり、興味を惹かれました。校長先生の挨拶文にも同じ内容のことが書かれていたので、一部引用します。

今年度は『考える子ども』を重点目標とします。我が国の高度経済成長に社会が学校に求めていたのは、黙々と作業を間違いなく正確にやり遂げることができる人材の育成でした。今ではこのような作業はロボットが担うことになり、10年後には現在の仕事の多くが不要になると指摘する研究者もいます。つまりこれからの社会が求める人材は、いわれたことを黙々とやり続ける人材ではなく、問題への解決策を自分なりに考え、行動できる人材だと考えます。

小学校 校長先生の挨拶より

このブログサイトでも取り上げた元麹町中学校の工藤先生など、多くの教育関係者が社会の変化に対応し教育の目的(育てる人材像)を変えること。そしてそこから、教育のあり方や方法を変えていくことの必要性を話されています。

一方このような教育改革の必要性を唱える人たちがメディアに取り上げられるということは、まだまだ一般的な考え方にはなっていないのだと思っていました。娘が通う市立小学校でもこのような考え方をもとに教育が行われていることは驚きとともに、魅力を感じました。

 

問題の解決策を考える前に大切なこと

『考える子ども』という方針にはとても共感したのですが、問題の解決策を自分で考える前に大切にして欲しいことがあります。それは『何が問題か』を、自分の考えで捉えることが出来るようになって欲しいということです。

これまでは解くべき問題が、比較的明確でした。これからは、価値観や考え方の多様化が更に加速していきます。そのようななか、『解決すべき問題が何なのか』を自分で考え、周りの人と共有しながら共感を集め、一緒に解決策を考え進めて行くことが大切になってきます。

その起点となる、『何が問題か』を自分で考えるためには、自分の価値観が拠り所になります。そして自分の価値観に照らし、現状がどのように問題であり、それをどのような状態にする必要があるのかを考える。上手に伝える技術も必要ですが、そもそも伝えたいことがないと上辺だけの人間になってしまいます。問題解決に向けたスキルや知識なども大切なのですが、子供たちには自分の価値観を形成する機会をできるだけ多く作りたいと思っています。

 

半世紀を経て吹き始めた教育改革の芽

半世紀以上前から教育改革の必要性を唱え続けた数学者の岡潔さんを、以前ブログでも取り上げたことがありました。半世紀という時間がかかりましたが、岡さんが蒔かれた種が少しずつ芽を吹き始めたのではないでしょうか。

子育てや教育に、絶対的な正解は無いのだと思います。だからこそ、子供たちと積極的に対話し、一緒に色々なことを経験しながら、共に成長していきたいと改めて思いました。