日本の特徴を考える① 
~父性原理と母性原理~

目次

自分で自分をコントロールするには

自分で自分をコントロールして、仕事も私生活も円滑に進めたいと思っている人は多いはずです。私も頭では冷静に考えられていても、実際の言動になるとついつい感情に流されてしまい後になって後悔することが多いです。

自分をコントロールするためには、自分を客観的に捉える(自己客観視、メタ認知)ことが大切だと言われています。とはいえ自分を客観的に捉えるのは難しいですし、自分の特徴を率直に伝えてくれる人もなかなかいないのが現実です。

自分自身の特徴を知るうえで、日本人や日本文化の特徴を理解することは役に立つと感じています。長く日本で生活していると意識する機会は少ないのですが、知らず知らずのうちに誰もが日本人の特徴に染まってしまっているのです。また他国と日本の比較をした賢者たちの知見を活用することもできます。

今回は臨床心理学者で文化庁長官も務められた河合隼雄氏の書籍を引用しながら、『父性原理と母性原理』の比較から日本人の特徴と問題を考えます。

 

母性原理が強い日本

河合氏は物事の考え方の基礎として、『父性原理と母性原理』という二つの対立する考え方を使って、日本人や日本社会の問題の原因を説明しています。

出典:子どもと学校(河合隼雄)

割り切って言えば、日本は欧米に比しても母性原理が強い国であったが、国際交流が活発で、かつ欧米の文化を輸入している間に、父性原理の方も大分輸入しつつある。そして、頭で考えるときはーー特にインテリはーー父性原理に近いのだが、実際行動や感情的な面では、まだまだ母性原理によって生きている、というところである。(中略)

父性原理は、「切る」ことによる分割の最小単位のひとつとして、人間の「個」ということを重視する。個を確立し、その成長を願うことが目標となる。これに対して、母性原理では全てが包まれたひとつの「場」――これは、きわめてあいまいであるがーーの平衡状態を維持することが大切である。このため、個人が自己主張を強くしたりせず、全体のバランスを常に考えていなくてはならない。(中略)個人が全体に奉仕するなどというのではなく、場の方がまず個よりも先行しているのである。

子どもと学校(河合隼雄)

河合氏が日本社会の母性原理偏重の問題を提起していたのは40年以上前からなのですが、偏差値による序列と、それによる受験戦争の激化は解決されないままですね。また企業では表面的な成果主義(能力主義)を取り入れ、混乱が起きた企業も少なくありませんでした。

 

ノーベル賞やアカデミー賞の受賞者が逃げ出す日本

21年にノーベル物理学賞を受賞された真鍋淑郎氏は、『私は調和の中で暮らすことはできないものですから、それが私が日本に帰らない理由です』と言われていました。またアカデミー賞(メイクアップ・ヘアスタイリング賞)を受賞されたカズ・ヒロ氏も、『Sorry to say but I left Japan, and I became American because I got tired of this culture, too submissive, and so hard to make a dream come true. So that’s why I’m living here. Sorry.』と、同様の発言をされています。

ブログ『Submissive(服従的)ということ ~カズ・ヒロ氏のインタビュー~

母性原理が強い日本社会で、世界から賞賛されるような個性を発揮することは難しいのです。河合氏も警笛を鳴らしていましたが、解決されないまま現在に至っています。

母性原理が強いなかで、西洋流の個の確立を意図する者は、大変な困難に会う。あるいは、創造的な活動をしようとする人にとっても、「足を引っぱる」人が多いために苦労しなくてはならない。ともかく、人々と異なることをするのが極端に難しいのである。このようなことは、母性原理の短所と言っていいであろう。創造性の高い人が「海外流出」したりするのもこのためである。

子どもと学校(河合隼雄)

 

欧米の考えを取り入れる前に必要なこと

日本は欧米の先進的な考え方を積極的に取り入れ、明治以降近代化に成功しました。そのおかげで我々は、物質的な豊かさを享受できています。また表現の自由や参政権、男女平等に学ぶ権利など、精神的な豊かさも実現してきました。一方で取り入れてきた欧米の考え方の根底にある、父性原理(個人の確立や成長)は切り離されてきたように感じます。

『個人の自由』という勝手な解釈で、相手を傷つける言動を行う無責任な事件は後を絶ちません。個人の自由の前提は、学校や家庭での教育を通して個人が確立され、個人の責任の意味を理解し引き受けられていることが必要です。

ダイバーシティ(多様性)がメディアや企業で取り上げられ、女性や外国人の採用がもてはやされています。ダイバーシティの前提として個人が確立され個性が生まれ、その個性が集まり多様性という強みに繋がることに意味があるのだと思います。性別や国籍などで画一的な多様性を実現しても、強みに繋げるのは難しいでしょう。

欧米の良いところを取り入れるのは大切ですが、その考え方の前提にある文化や価値観を理解し前提を整えないと効果を享受できないのは当然です。

 

父性原理と母性原理の比較は、日本の問題の原因を考える上でとても役に立つのではないでしょうか。日本の問題は、私たち個人の問題と共通しているものも少なくないはずです。

河合氏の書籍は読みやすいので、興味を持たれた方は一度読まれてみては如何でしょうか。