上滑りの仕事から抜け出そう
~夏目漱石からのアドバイス~

社内報でも流行語が飛び交う

昨年に続き今年も、社内報アワードに審査員として参加しました。企業の様々な取り組みを社員や関係者に伝える社内報を通して、今企業が力を入れていることが見えてきます。また社内報担当者が毎年思考を凝らした企画や仕掛けに触れることができ、とても刺激を頂けます。そんな社内報アワードですが、表彰式や参加者同士の交流を目的にリアル会場でのイベントも開催されています。そこでは表彰企業による取組紹介や、審査員からのアドバイス、参加者同士の悩み共有などが行われました。参加者の強い想いもあり、会場は熱気と活気に満ち溢れていました。

開会のあいさつをされる、主催者Wis Works代表の高橋社長

そんなイベントですが、私が一番印象的だったのはベテラン審査員が参加企業に話された批評(もっと頑張って欲しいというエール)でした。

<代表審査員のコメント>
紙やウェブ、動画など様々な媒体において、様々な企画が行われており、毎年レベルが高まっていることを感じている。一方で最近は『人的資源経営』や『リスキング』、『女性管理職増加』などのテーマを多くの企業が特集しているが、私は皆さんにもっと考えて欲しい。今のままでは記事を読んでも、どこの企業のことを言っているのか伝わってこない。特集しているテーマに対して、もっと自社に落とし込んで深く考えてみてください。更なる飛躍を期待しています。

私も審査をするなかで、同じような印象を持っていました。以前から企業が出す投資家向け情報(IR)などでも感じていましたが、社員向けの社内報でも同じ傾向がみられることに危機感が高まりました。この問題は社内報担当者だけの問題ではなく、経営者や仕組導入をリードしている人達も考え直す必要があると思っています。

 

上滑りの仕組みに走る日本企業

人的資源経営もリスキングも女性管理職増加も、それ自体が目的ではありません。これらの仕組み(手段)の目的として、上位に経営目標やパーパスが存在しています。

仕組みと目的の関係性

たとえば人的資源経営だと、上図のように最上位に『経営目標・パーパス』が存在します。そして経営目標やパーパスを実現するために、必要となる人財像が定義されます。その人財を育成するために、社員一人一人を会社の大切な資源と捉えて支える仕組みを考える。企業毎に経営目標や特徴、文化が異なるので、求める人財像は異なります。そのため最適な人財育成の仕組みも異なるはずです。実際は多くの企業で外部コンサルの支援などを得ながら仕組みを導入する影響もあり、企業の実情とずれた仕組みや制度を目にすることもあります。

このような表面的な(上滑りの)仕組みや制度が導入された企業では、その仕組みを運用する現場にしわ寄せが来て中間管理職が疲弊するか、表面的な制度運用に留まり実態はこれまでと何も変わらない状況に陥ります。

このように日本企業が上滑りの仕組み導入に陥りやすい典型的なテーマが、DX(デジタルトランスフォーメーション)です。経済産業省のDXの定義は、『企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること』となっています。つまり企業が顧客や社会に提供したい価値の実現に向けて、製品やサービス、業務などを現状から変えるためにデータとデジタルを活用することです。ただ実際の日本企業のDXは、現状業務をシステムに置き換えることを目的としている取り組みが多いように感じています。

  • 顧客や社会にどのような価値を提供したいのか?
  • そのために、どのような業務や組織にしたいのか?
  •  〃  、どの様な企業風土や文化に変えたいのか?

上記の質問をしっかりと考えて具体化し、関係者で認識を合わせることがDXの第一歩なのです。どのシステム(パッケージ)を入れるかという議論からスタートするDXは、必ず失敗します。そもそも自分達がやりたいことが明確に考えられていないと、最適なシステムを選ぶことさえできません。

 

日本人の上滑りは、明治時代から!?

日本人が上滑りの仕組みや制度を導入するという問題は、明治時代からあったようです。夏目漱石は明治時代(1911年、明治44年)に、急激に西洋化(文明開化)を進めた日本や日本人に対して以下のように言っています。

自然天然に発展してきた風俗を急に変える訳にいかぬから、ただ器械的に西洋の礼式などを覚えるよりほかに仕方がない。自然と内に醗酵して醸された礼式でないから取ってつけたようではなはだ見苦しい。これは開化じゃない、開化の一端とも云えないほどの些細な事であるが、そういう些細な事に至るまで、我々のやっている事は内発的でない、外発的である。これを一言にして云えば現代日本の開化は皮上滑りの開化であると云う事に帰着するのである。(中略)事実やむをえない、涙を呑んで上滑りに滑って行かなければならない(中略)できるだけ神経衰弱に罹らない程度において、内発的に変化して行くが好かろう。

現代日本の開化 夏目漱石

私が紹介した日本企業による上滑りの仕組み導入も、自分たちが本当に導入したいという強い想いを持って取り組んでいるのではなく、他の企業も取り組んでいるからや、上司から言われたからという外発的に取り組んでいるように感じてしまいます。

 

上滑りの仕事に陥らないために

それではどのようにして、上滑り(外発的)の仕事に陥らないようにすればいいのでしょうか?その第一歩は、『自分の頭で、しっかりと深掘りして考えること』ではないでしょうか?夏目漱石も、『神経衰弱に罹らない程度において、内発的に変化して行く』ことを解決策の一つに挙げています。言われたことをそのまま実行するという外発的な仕事ばかりしていると、仕事が楽しくなくなります。

では上司や会社から何かしらの取り組みや施策を命じられた場合、何を考えればいいのでしょうか?まずその施策の目的(Why:なぜこの施策は必要なのか?)(Where:施策を通して実現したい将来像)について、経営の視座に立って考えてみましょう。そして将来像を、出来るだけ具体的な言葉にしてみる。具体的に語れるようにならないと、活動に共感してもらうのは難しいです。何よりあなた自身が、その目的に惹かれることが重要です。

また仕組みを運用する現場の視座にも立って考えてみましょう。仕組みによる変化で、現場の人はどのような影響を受けるのか?メリットとデメリット、両方あるでしょう。また今の現場の考え方(文化や価値観)と衝突するかもしれません。現場の人達の理解や共感を得られないと、新しい仕組みを導入しても目的は実現できません。現場が抱える悩みや問題を収集し、それらと関連付けられるように具体策を考えることが必要です。

施策を上滑りにしないための視点

巻き込む人が多く、また考える視点も多岐に渡り大変かもしれません。それでも自分の仕事の意義を感じられなければ、上滑りの仕事を続けることになります。仕事に本気で取り組むためにも、しっかりと目の前の仕事を深掘りして考え、内発的に取り組めるように仕事に対する姿勢を見直してみませんか。