「自分の価値観」は、どこから生まれるのか
~主体性と自律の違いから考える、人を育てる「間」と「場」~ 

前回の記事では、ベルナティオ元総支配人の佐野智之さんのお話をきっかけに、「社員に考えてほしいと言いながら、会社が社員の代わりに考えすぎていないか」ということを考えました。会社が細かな「やり方」を決めすぎると、社員が自分で考える余白はなくなっていく。一方で、何でも「自由にやってください」と任せれば、人が自ら動き出すわけでもありません。

そこで最後に残ったのが、二つの問いでした。

主体的に動くことと、自律的に動くことは何が違うのか。
そして、自分で選ぶための「自分なりの価値観」は、どこから生まれるのか。

今回は、この問いから考えてみたいと思います。

 

「自分から動く」の、その先にあるもの

「自主性」「主体性」「自律性」は、企業の中でもよく使われる言葉です。「もっと主体的に動いてほしい」「自律した社員を増やしたい」と、明確に区別せず使われることもあります。私自身もこれまで厳密に使い分けてきたわけではありませんが、最近は少し違うものとして考えるようになりました。

自主性とは、やるべきことややり方がある程度示されている中で、誰かから指示されるのを待つのではなく、自分から進んで行動すること。主体性とは、組織が目指す目的や方向性を踏まえながら、自分は何をすべきか、どう取り組むかまで自ら考え、選び、行動すること。

一方で自律とは、さらに「自分は何を大切にしたいのか」という自分なりの価値観や判断軸を拠り所に、組織が目指すものとの重なりを見出しながら、自分で考え、選び、行動していくことではないかと思っています。
例えば、上司から期待されている仕事に、言われる前から率先して取り組むことには自主性があります。さらに、組織が目指していることを踏まえ、「そのために自分は何をすべきか」「どのように取り組むべきか」まで考えて動くことには、主体性があります。

しかし、主体的に考えて行動することと、「自分自身は何を大切にしたいのか」、「なぜ自分はそれをしたいのか」という、自分自身の価値観まで遡って考えることは、少し違うように思います。組織が目指すものや周囲から期待されることだけを拠り所にしていると、それらが変わったり、評価してくれる人がいなくなったりした時に、何を選べばよいのか分からなくなることもあります。

自律するためには、組織が目指すものを理解するだけでなく、「私はどうしたいのか」「私は何を大切にしたいのか」を考えるための、自分なりの拠り所が必要になります。
では、その拠り所となる「自分の価値観」は、どこから生まれるのでしょうか。

 

価値観は、一人で考えてつくるものなのか

「あなたが大切にしている価値観は何ですか?」と聞かれて、すぐに答えられる人はそれほど多くないように思います。
だからといって、価値観を持っていないわけではありません。 誰かの話を聞いて「すごく分かる」と感じたり、逆に「何か違う」と引っかかったりする。誰かの生き方を見て「自分もこうありたい」と思うこともあれば、仕事をしていて「これはどうしても譲れない」と感じることもあります。

こうした共感、違和感、憧れ、引っかかり。その時々に生まれて消える単なる感情というより、人や出来事に触れた時に、自分の内側から湧き上がってくる感覚や心の動きを、ここでは「情緒」と捉えてみたいと思います。その情緒の中に、自分が何を大切にしているのかを知るヒントがあるのではないでしょうか。

「なぜ、私はこの人の言葉にこんなに共感したのだろう?」
「なぜ、この出来事には違和感を覚えたのだろう?」

そうやって自分の情緒を少し立ち止まって見つめることで、「自分はこういうことを大切にしたいのかもしれない」と、自分なりの価値観が少しずつ見えてくる。 そう考えると、価値観は自分の内側だけを掘り続けて見つけるものではなく、他者との関わりの中で、自分の情緒が動くことによって気づき、育っていくものなのかもしれません。

 

他者の価値観に触れる「間」と、自分を表現する「場」

以前のブログで、人と人との間に生まれる「間(MA)」と、人が集まり互いに影響し合う「場(BA)」について考えました。
今回改めて考えてみると、この「間」と「場」は、自分の価値観が育つプロセスともつながっているように思います。 私が誰かの話や考え、生き方に触れる。その中で、共感したり、違和感を覚えたり、自分にはなかった考えに気づいたりする。つまり、受け手として他者の価値観に触れ、自分の情緒が動く機会が「間」です。

一方で、そこで感じたことや考えたことを、自分の言葉や行動として外に出してみる。すると今度は、誰かが共感してくれたり、「私は少し違うと思う」と返してくれたりする。その反応を受けて、改めて自分の考えを見つめ直すことができます。 こちらは、出し手として自分の価値観を表現し、それに対する反応を受けながら、自分の価値観をさらに育てていく「場」と捉えることができます。

もちろん、「間」と「場」は物理的に別々の場所という意味ではありません。同じ対話の中でも、相手の考えを聞いている時には自分にとっての「間」になり、自分の考えを話せば「場」になる。そして自分の言葉に対する相手の反応を受け取れば、また「間」になる。
「間」と「場」の立場は常に入れ替わり、その循環の中でお互いの価値観が育っていく。
そんなイメージです。

 

1on1も、「間」と「場」の一つ

例えば、企業で行われている1on1も、こうした「間」と「場」をつくる機会の一つだと思います。1on1というと、上司が部下の悩みを聞いたり、仕事の進捗を確認したりする機会として捉えられることもあります。しかし、それだけではなく、対話を通じて相手の考えに触れながら、「なぜ自分はそう感じるのか」「自分は本当は何を大切にしたいのか」を考え、それを自分の言葉で表現する機会にもなります。

私自身も外部の立場から、様々な企業の社員の方と1on1で対話することがあります。その時に意識しているのは、私が何か「正しい答え」を教えることではありません。相手の話を聞きながら、時には私自身の経験や考えも伝え、お互いの考えを行き来する。その中で本人が、「自分はこういうことを大切にしていたのかもしれない」、「本当はこうしたいのかもしれない」と気づくことがあります。

もちろん、本来は経営者や管理職が社員一人ひとりに関心を持ち、こうした対話を日常的に重ねていくことも大切です。上司が部下に何かを教えるだけでも、ただ話を聞くだけでもない。お互いが相手の価値観に触れる「間」の受け手になり、自分の価値観を表現する「場」の出し手にもなる。

逆に、1on1が「あなたはこうした方がいい」と正しいやり方を教えるだけの機会になれば、前回の記事で考えたように、また会社や上司が社員の代わりに考えることになってしまいます。1on1の価値は、問題を解決することだけではなく、本人が自分自身について考えるための「間」と「場」をつくることにもあるのだと思います。

 

大人になってからも、価値観は育てられる

本来、こうした価値観は、社会人になって突然つくられるものではありません。子どもの頃から、家族や友人との関係、遊び、部活動、文化祭や体育祭、音楽会など、様々な経験を通じて他者の考えに触れ、自分を表現しながら少しずつ育っていくものだと思います。 一方で、学校でも会社でも「正しい答え」を求められる場面が多く、「あなたはどう考えるのか」「あなたは何を大切にしたいのか」を十分に問われないまま大人になった人もいるのかもしれません。

だからこそ私は、会社も単に仕事をして成果を出すだけの場所ではなく、大人になってからも、他者との関わりを通じて自分の価値観を知り、育てていける場所になり得るのではないかと思っています。

その意味では、1on1だけではありません。会議、プロジェクト、研修、雑談、顧客との対話など、日々の仕事の中には「間」と「場」になり得る機会がたくさんあります。重要なのは、そこに「正しい答え」を与えるだけではなく、一人ひとりが自分の情緒に気づき、自分なりに考え、表現し、それに対する反応を受け取れる余地があるかどうかなのだと思います。

 

人は一人で自律するのではない

「自律」という言葉からは、他人に頼らず、自分一人で考え、自分一人で決めて行動できる、強い個人をイメージすることがあります。でも、ここまで考えてくると、むしろ逆なのかもしれません。 他者の価値観に触れるから、自分の情緒が動く。その情緒を手がかりに自分が大切にしたいものに気づき、それを言葉や行動として表現する。そして他者から返ってきた反応によって、また自分の価値観を見つめ直す。

人は一人で自律するのではなく、他者との「間」と「場」の中で自分の価値観を育てながら、少しずつ自律していく。

そう考えると、前回ベルナティオ佐野さんの話から考えた「余白」と、今回の「間」と「場」がつながってきます。

会社が社員の代わりに「やり方」を決めすぎず、自分で考えられる「余白」をつくる。そして、他者の価値観に触れ、自分の情緒が動く「間」と、自分の価値観を表現し、反応を受けながら育てていく「場」をつくる。
経営者や管理職の役割も、社員を思い通りに動かすことではなく、社員が自ら動き出せる「間」と「場」と「余白」をつくること。 なのかもしれません。

ただし、ここでもう一つ考えてみたいことがあります。
自分なりの価値観を持つことと、会社が大切にするPurpose、Vision、Valuesは、どのような関係にあるのでしょうか。会社のValuesに社員を合わせることが「浸透」なのか。それとも、一人ひとりが自分の価値観と会社の価値観を照らし合わせ、共感や違和感を確かめながら、お互いを磨いていくことなのか。

次は、個人の価値観と組織のPurpose、Vision、Valuesの関係から、さらに考えてみたいと思います。