哲学がポストコロナの羅針盤 
~サンデル教授と福岡教授の対談から~

コロナ禍における良い変化の一つに、良質なセミナーや講演にウェブから気軽に参加できるようになったことがあります。
先日ibg台湾の甲谷さんから、興味深い対談を教えてもらいました。

朝日地球会議2021 ポストコロナ時代の人類と社会〜いま考える「新しい知」

日米で共通して起きている教育格差の問題から対談はスタートされましたが、マイケル・サンデル氏と福岡伸一氏の対談だけあり、話題は多岐にわたりました。
このブログでも取り上げている『向き合うことが求められるテーマ』にも、言及されていました。

  • ①自然との共生:ウイルスと人との共存関係
  • ④個と公共:貧富格差/教育格差の問題
  • ⑤教育:知識/スキル偏重の入試制度、理系と文系の分断 
  • ⑥文化と文明:コロナにより明らかになった科学の限界

そしてこれらのテーマが相互に関わり合い、統合されていく展開は圧巻でした。

 

目次

動的平衡の福岡氏

ド文系の私が細胞やウイルス、DNA、PCR技術などに対して興味を持つことができたのは、福岡氏の書籍『生物と無生物のあいだ』のおかげでした。

同じロックフェラー大学で研究をしていた野口英雄氏に対するアメリカと日本での評価の違いから話が始まり、活き活きとした文体とも相まって、生物学の本ということを忘れてしまうくらい読みやすかったです。
また動的平衡の説明のなかで、『全ての生物の細胞は常に入れ替わっており、半年前の自分と今の自分は細胞レベルでは全く異なる』という事実は、子供の時に感じた新しいことを知る喜びを、久しぶりに思い起こさせてくれました。

福岡氏が語る動的平衡の話から、福岡氏の価値観(哲学)を垣間見みました。
『生物は単体で存在しているのではなく、周りで起きている変化に応じ常に自己(細胞)を変化させバランスを保つことで存在している』ということから、

  • 人間も一人では生きられず、絶えず他者や社会との交わりのなかでのみ存在できる
  • 絶えず起きている変化のなかで他者(社会)と交わるには、バランスが大切である

という価値観を根底に持たれているのでしょう。
サンデル氏との対話のなかにも、この価値観を至る所で感じました。

 

ポストコロナに求められるバランス

福岡氏は対談においてコロナ禍で明らかとなった様々な課題の原因を、バランスの崩れという視点で話されていました。
日米における教育の具体的な問題として、初等教育から大学まで続くテストスコア(偏差値)偏重を紹介していました。

(福岡氏の発言)
重要な問題と捉えているのは、知識偏重、スキル偏重に傾きすぎていること。(中略)
出題形式はマークシート方式になっており(中略)、答えさえ合えばよい。答えに至るプロセス・過程を本当は重視しないといけないのに、答えに到達できるスキルだけ問われている。(中略)
例えば数学の問題を解く時に微分・積分というサブジェクトがあり、学生は一生懸命その方程式を解く練習をする。方程式を解くスキルを鍛えるのではなく、微分・積分という概念が文化のなかでどういうふうにつくられてきたか。(中略)
どうしてそのような考え方が、その時期に必要だったのか。(中略)
数学を学ぶ時には数学史を学ばなければならない。生物を学ぶためには生物学史を学ばなければならない。
その史、時間軸の部分が欠落してしまい、スキルばかり、知識ばかりが問われるという教育の制度を少し変更していく必要がある。

朝日地球会議2021 ポストコロナ時代の人類と社会〜いま考える「新しい知」より 

つまり知識やスキルなどの『文明偏重な教育』から、その背景など『文化とのバランスをとった教育』への変化が求められているのでしょう。
(文化(哲学/価値観)と文明(知識/スキル)のバランス)

また文系と理系を早い段階から切り離して教える教育制度により、統合して考えられる人材が不足しているという問題意識も挙げていました。
(理系と文系のバランス/統合)

 

最後にはコロナウイルスとの向き合い方のなかで、感染者が急増した後に急減している現象についても、コロナウイルスも動的平衡のなかにあり、何かしらの自己フィードバックの中でバランスをとっているのではないか。
またコロナウイルスにとって人間は宿主でもあるので、長期的視点に立てば徐々に弱毒化していくのではないかと話されていました。
(人間と自然/ウイルスとのバランス/共生)

 

ポストコロナの世界作りには、『一人一人がバランスを絶えず作り出す』ことが求められています。
それでは我々は、どのようにしてバランスを作り出せばいいのでしょうか。

 

ハーバード白熱教室のサンデル氏

書籍『ハーバード白熱教室』や『これからの「正義」の話をしよう』を通して、正しいことは何かを考える、そしてそれを他者との対話を通して磨いていく哲学の魅力に気づかせてくれたのがサンデル氏でした。

政治哲学者であり、倫理学者(道徳哲学者)であるサンデル氏は、『対話』という哲学の基本に立ち返ることがバランス作りの基本だと話されているように感じました。

(サンデル氏の発言)
学生にはもっと幅広い思考を促しそれに報いる必要があります。
ただ正しい答えを求めるのではなく、重要な問いかけをしなさいと若者に教える、そんな優れた教育制度が必要です。(中略)
優れた哲学に必要なのは正しい答えを導くことではなく、正しい問いを発し、他の学生や市民と一緒に推論・思考できること。

朝日地球会議2021 ポストコロナ時代の人類と社会〜いま考える「新しい知」より 

 

バランスを作る4つのステップ

サンデル氏と同じ考えというのはおこがましいですが、以前ブログで紹介した『個と公共のバランスを鍛える4つのステップ』と共通するなと感じました。

バランス力を鍛える4つのステップ

サンデル氏が言う『正しい問いを発する』ためには、様々な分野の知識や情報、様々な人の考えに触れ、幅広い思考を促すための視野拡大が必要です。
また拡大した視野のなかから複数のテーマを統合して考えながら、問題の本質に迫り正しい問いを磨くことが不可欠でしょう。
統合して考える時には、我々が挙げている6つの視点(向き合うテーマ)も参考になるでしょう。

<6つの視点(向き合うテーマ)>
1. 自然との共生
2. 情報化
3. 異文化コミュニケーション
4. 個と公共
5. 教育
6. 文化と文明

ステップ①と②を通して考えた自己の考え(哲学)も、自己の殻に閉じていてはそれ以上の成長は難しいでしょう。
他者との対話を通して謙虚に自己の考えを磨きながら、他者と共通の考え(共通目標)を形成していくことが哲学の正しい目的ではないでしょうか。

ステップ③と④は相手があるため、相手との関係性や信頼度なども関係し、上手く行かないことも多く、どうしても踏み出し辛いかと思います。

サンデル氏は他者と議論し一緒に考えるのに必要なスキルとして、『聞く力』を挙げています。

(サンデル氏の発言)
相手が話している言葉を聞くだけでなく、その言葉の背後にある信念や思考を理解しようとすること、それが聞く力です。

朝日地球会議2021 ポストコロナ時代の人類と社会〜いま考える「新しい知」より 

相手が話している言葉を鵜呑みにするのではなく、『なぜそのような話をしているのか』、『何を期待しているのか』、『どうしたいと思っているのか』など、相手に対して様々な想像を巡らせて聞くこととも言えそうです。
思い浮かんだ疑問をきちんと相手にぶつけることが、深い理解に繋がります。

また説明が上手くないので相手に共有する自信がないという方も、本音で話を切り出せば、その想いはきっと相手に届くはずです。
衝突(コンフリクト)を恐れず、一歩踏み出してあなたから話を切り出してください。
きっとサンデル氏が言う『聞く力』で、あなたに向き合ってくれるはずです。

 

ポストコロナの世界(社会)作りと言われると、どこか遠くのことと感じてしまうかもしれません。
まずは自分の周りで起きていることに疑問を持ちながら考え、他者と共有することからポストコロナの世界作りに参加できるのではないでしょうか。

是非一緒に、ポストコロナの世界作りの門をたたきましょう。
コロナ禍の今が、そのチャンスなのです。