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『エモい』という言葉
最近、『エモい』という言葉について考えていました。
- 夕焼けを恋人と見て、『エモい』と感慨にふける
- インスタでフィルムカメラ風の写真を、『エモい』とアップする
- 卒業アルバムを友人たちと見て、『エモい』と盛り上がる
不思議な言葉です。
なぜなら『エモい』は説明になっていないからです。
「何がどう良いのか?」
「なぜそう感じたのか?」
そこまで語られていません。
それでも仲間内やSNSのリプ欄では、『分かる』というコメントで盛り上がります。
私は最初、この『エモい』という言葉の流行に、AIへの反発のようなものがあるのではないかと思いました。
生成AIは、
- 要約する
- 整理する
- 構造化する
- 言語化する
ことが得意です。
一方、『エモい』は曖昧です。
説明しようとすると、かえって魅力が失われてしまうことすらあります。
だから、『エモい』という言葉は、AIが得意な世界への無意識の抵抗なのではないか。
そんな仮説を持ったのです。
しかし、色々と考えていくうちに、少し違う気がしてきました。
本質はAIへの反発ではありません。
むしろ私たち人間が昔から持っていた欲求を、思い出させてくれる言葉なのではないかと思うようになりました。
それは、
『理解されたい』よりも、『共感されたい』
という欲求です。
言語化には二つの役割がある
ビジネスの世界では、近年『言語化』が重視されています。
- 抽象化と具体化
- メタ認知(自己客観視)
私自身も組織変革の支援を行う中で、その重要性を日々感じています。
なぜなら組織は、認識を揃えなければ動けないからです。
- ビジョンを言語化する
- 課題を言語化する
- 期待する行動を言語化する
これは間違いなく必要です。
しかし今回改めて気付いたのは、私たちは『言語化』を一つのものとして捉えすぎているのではないか、ということです。
言語化には少なくとも、二つの役割があります。
一つは『意味の共有』です。
- 何を目指すのか
- 何が課題なのか
- 何を期待しているのか
認識を揃えるための言語化です。
もう一つは『感覚の共有』です。
- エモい
- 尊い
- やばい
- なんか好き
こちらは認識を揃えるための言葉ではありません。
感情や空気感を共有するための言葉です。
人は理解より先に共感する
組織のコミュニケーションを考えるとき、私たちはつい『意味の共有(認識合わせ)』ばかりに目を向けてしまいます。
- 中期経営計画を説明する
- 戦略を伝える
- 制度を説明する
つまり意味を共有しようとします。
しかし、人は理解したから動くのでしょうか。
実際にはそうではありません。
私たち自身の日常を振り返ってみても、同じではないでしょうか。
- SNSで見かけたアーティストの曲がなぜか気になる
- 大谷選手の活躍に心を動かされる
- 失敗しても諦めない漫画やドラマの主人公を、つい応援したくなる
そうした場面で私たちは、最初から深く理解しているわけではありません。
- なんか気になる
- なんか好きだ
- なんか応援したい
そんな『なんか』という感覚が先にあり、その後で知ろうとし、理解しようとします。
つまり、人は理解したから心を動かされるのではなく、共感したから理解しようとするのです。
組織のコミュニケーションも、同じなのかもしれません。
共感→理解→行動
本来は、こちらの順番なのではないでしょうか。
①共感が生まれるから興味・関心が湧く。
②興味・関心が湧くから理解しようとする。
③理解できるから行動につながる。
にもかかわらず、組織はしばしば、
理解→納得→行動
を目指してしまいます。
その結果、
正しいことは言っているのに、なぜか人が動かない
という現象が起きるのです。
情報発信の次に見えてきた問い
では、この視点をIC(インターナル(社内)コミュニケーション)に当てはめるとどうでしょうか。
私はここに、これからのIC担当者に求められる役割の進化があるように感じています。
これまで多くのIC担当者は、
- 紙社内報やWeb社内報の立ち上げ
- 発信頻度の向上
- 動画やラジオといった新しい媒体の活用
といった、社員に情報を届けるための仕組みづくりに取り組んできました。
そしてその努力によって、多くの会社で『情報が届かない』という課題は以前より改善されてきたように思います。
私自身、社内報アワードの審査を通じて、継続的な情報発信の仕組みが整い、安定した運営が行われている企業が増えていることを実感しています。
これは決して当たり前のことではありません。
日々、企画し、取材し、編集し、発信し続けてきたIC担当者の努力の積み重ねによる成果です。
さらに生成AIの登場によって、記事作成や情報整理の負荷も少しずつ下がり始めています。
だからこそ今、次の問いが見えてきました。
『情報は届いているのに、なぜ人は動かないのか』
という問いです。
情報が届かないことが問題だった時代から、
情報は届いているのに心が動かない時代へ。
私たちは今、そんな新しい課題に向き合い始めているのかもしれません。
人は事実ではなく物語に心を動かされる
例えば、経営が『挑戦する組織を目指そう』と発信したとします。
その言葉を記事にすることはできます。
意味も伝わるでしょう。
しかし、それだけでは社員の心はなかなか動きません。
なぜなら意味は伝わっても、感覚は伝わらないからです。
一方で、
- 新しい取り組みに挑戦した社員がいた
- 失敗もした
- 迷いもあった
- それでも周囲に支えられながら前に進んだ
そんな一人の社員の物語を丁寧に追いかけ、その背景や葛藤、乗り越えてきたプロセスまで深く掘り下げて伝えたとき、社員は初めてその挑戦を自分ごとのように感じることができます。
逆に、「こんな取り組みがありました」「あんな成功事例がありました」と多くの事例を広く紹介するだけでは、出来事は伝わっても、その人が何を考え、何に悩み、なぜ行動したのかという物語までは見えてきません。
人は事実の羅列ではなく、誰かの物語に触れたときに心を動かされます。
だからこそ社員は、『挑戦って、こういうことか』と感じ、自分も同じような感覚を味わうために、挑戦に取り組んでみたいなと行動変容につながるのです。
ここで起きているのは、意味の共有ではなく感覚の共有です。
感情の芽を見つける
だからこそ、IC担当者は現場を知る必要があります。
アンケートは大切です。
しかしアンケートだけでは見えてこないものもあります。
- 社員がどんなことに悩んでいるのか
- どんな瞬間に笑顔になるのか
- どんな出来事に誇りを感じているのか
- 何に怒り、何に喜び、何に心を動かされているのか
そうした感情の動きは、多くの場合、日々の会話や現場との関わりのなかに現れます。
- 現場を訪れ、工場や製品という現物に触れながら話を聞く
- 色々な部署やポジションの社員との何気ない雑談
- 取材前後の雑談や、本音を語り合える関係性づくり
そうした積み重ねのなかに、組織の物語の種があります。
私は以前から、IC担当者の役割を
『言葉の芽を見つけ、育てること』
だと考えてきました。
しかし今回改めて考えると、その前には
『感情の芽を見つけること』
があるのかもしれません。
- ワクワク
- 悔しさ
- 挑戦
- 誇り
- 感謝
そうした感情が言葉となり、物語となり、組織の文化になっていく。
IC担当者は、その最初の芽を見つける存在なのだと思います。
AI時代だからこそ見えてきた役割
AIの活用が進めば進むほど、『意味の共有』は容易になります。
経営メッセージを整理することも、記事を書くことも、以前より簡単になるでしょう。
だからこそ、人にしかできない役割がより重要になります。
それは情報を発信することではありません。
情報発信の先にある、共感や共鳴を生み出すことです。
記事を書くこと自体ではありません。
人と人との間に対話を生み、感覚を共有する場をつくることです。
私は『エモい』という言葉の流行の背景には、人間の根源的な欲求が表れているように感じています。
それは、
『理解されたい』よりも、『共感されたい』という欲求です。
SNSで『エモい』と投稿する人も、その景色や写真の意味を説明したいのではありません。
『この感じ、分かる?』
と誰かに問いかけているのです。
そして『分かる』と返ってきたとき、人は安心し、つながりを感じます。
AIによって意味の共有はますます容易になるでしょう。
だからこそ、感覚を共有し、共感や共鳴を生み出すことの価値は、これからさらに高まっていくのではないでしょうか。
社内報や記事を発行することが目的ではない。
本来の目的は、社員が動きたくなるきっかけをつくること。
そのために必要なのは、意味の共有だけではなく、感覚の共有です。
そしてこれからのIC担当者は、会社の情報を伝える人から、
組織の中にある感情の芽を見つけ、
対話を通じて育て、『組織の物語を共に育てる人』へと進化していくことが
求められているのではないでしょうか。
