はじめに:物語を育てられることが人間の強み
AIと人間の言葉に対する捉え方の違いについて、私は前回のブログ『思考の芽を育てる伴走者は? ~九段理江さんに学ぶ、ChatGPTとの付き合い方~ 』で考えました。AIにとって言葉は単なるパターンですが、人間にとって言葉は単なる情報ではありません。その裏には、それぞれの人の経験や想いが込められているのです。
組織における言葉も同じです。経営理念やビジョン、パーパスなどは、単なる情報発信の対象ではなく、『共に育てる物語のタネ』なのです。ユヴァル・ノア・ハラリは『人類は共通の物語(共同主観)を持つことで協力し、社会を作ってきた』と語ります。企業においても、社員一人ひとりが共通の物語を信じ、その物語を自分の行動に結びつけることが組織の成長につながるのです。そうして社員一人ひとりが共通の物語を育てていくことで、会社という組織が成長できるのだと思います。
では今、企業のなかでその『物語のタネ』はどこまで届けられ、どこまで育っているでしょうか。
社内報アワード審査で見えた『企業の物語の今』
社内報アワードの審査員も、今年で3年目になりました。今年も審査を通して、多くの企業の社内報やインターナルコミュニケーション(IC)活動を見てきました。
紙社内報に加えWeb社内報も加わることで『物語のタネを配る仕組み』は、多くの企業で安定運用のステージに入っています。経営理念やパーパスを伝えるハンドブック、社長メッセージ動画、策定に至るプロセスの特集記事など、経営からのメッセージは各社しっかりと届けようとしています。
けれど審査を通して、私はふと疑問を持つようになりました。
『組織が信じる物語は、本当に組織全体で育てることができているのだろうか?』
- 理念やビジョンは情報としては伝わっているかもしれないが、物語として社員に受けとめられているだろうか?
- 受けとめられた物語のタネが、社員一人ひとりの行動(芽)に繋がっているだろうか?
- 他の社員に先駆けて芽を出した社員の物語を組織の物語と紐づけ、組織の物語の意味を深めることができているだろうか?
会社全体でこのような取り組みができていると言い切れる企業は、多くないのではないか。私は今年の審査を通じて、そんな問いを感じています。
IC担当者の本当の役割とは
IC担当者の役割は、単なる情報発信ではありません。私は次のように考えています。
ICはあくまでも、会社(経営)と社員の双方向のコミュニケーションや、組織の壁を越えた社員同士のつながりを、全社視点から設計・運用する『架け橋』です。経営が語る物語と、社員の行動や現場の声。その両方の間に立ってつなぎ続ける『物語の伴走者』であること。それがIC担当者に求められる本来の役割ではないでしょうか。
経営から発信される『物語のタネ』は、多くの会社で配られています。しかしその先、会社全体で物語を『共に育てる』ことこそが、ICが担うべき役割なのです。
具体的には次の4つの働きかけです:
- 『物語のタネ』を配る(経営の考えを社員へ伝える)
- そのタネがどう受けとめられているか、全体の傾向を把握する(アンケートや現場との交流)
- 芽を出した社員の行動を見つけ、言葉(記事)にして組織に共有する
- 現場の声や芽の状況を経営に共有し、より組織に合った物語に繋げる
そして忘れてはならないのは、芽を直接育てるのは社員本人であり、現場の上司の役割であることです。IC担当者が一人ひとりの行動変容まで、背負い込む必要はありません。
ICは『経営も含めた社員全員が、物語について考え、議論できる場をつくり、対話を進めるファシリテーター(ここで言うファシリテーターとは、単なる場の進行役ではなく、組織の物語を育て、広げ、深化させるために、中長期視点で場づくりや対話の仕組みそのものを設計し、推し進めていく存在です)』であることに集中することで、組織全体の物語の育ちを推進することができるのです。
おわりに:物語を共に育てる組織へ
情報を発信するだけでは、物語は根付きません。物語は、社員一人ひとりと共に育てていくものです。IC担当者は、経営の言葉と現場の声をつなぎながら、『物語を共に育てる場』を支える存在です。
『経営も現場も含めた人と人の架け橋』としての自分自身の役割を信じて、一緒に物語を育てていきましょう。
これまで言葉にこだわり、言葉を大切にしてこられた皆さんだからこそ、できることなのです。
