子供たちの夏休みに合わせて、家族でスリランカ旅行に出かけました。スリランカはインドの南に位置する北海道より少し小さい島国で、別名『インド洋の真珠』や『インド洋の涙』と言われる、文化や歴史、自然が豊かな魅力にあふれた国です。

子供たちにはスリランカ旅行を通して、夏休みの自由研究に取り組んでもらいました。私もスリランカで感じたこと・学んだことを活かして、自由研究に取り組んでみました。今回はその第一弾として、スリランカの歴史を通して考えた『国の物語』についてです。
目次
スリランカの『物語』を見上げて
スリランカ旅の終盤、コロンボ市内の『独立記念広場(Independence Memorial Hall)』を訪れた時のことが、今でも強く心に残っています。

その空間に一歩足を踏み入れた瞬間、私は圧倒されました。高い天井の一面に飾られていたのは、スリランカという国の歩みを象徴するたくさんの絵画だったのです。
- 紀元前5世紀、インドから渡ってきたウィジャヤ王子によるアヌラーダプラ王国の建国
- 紀元前3世紀、仏教がインドのアショーカ王の子から伝えられた出来事
- ポルトガル、オランダ、イギリスによる植民地支配
- そして1948年、イギリスからの独立

(https://touringwithpk.com/colombo-independence-square/)
調べてみると独立記念広場は、『スリランカの自由のために戦ったすべての人々を追悼し、その歴史と文化を次世代に継承する場』として作られたそうです。ここは単なる記念施設ではなく、『国としての記憶と誇りを共有する場』なのです。
日本の国の物語を感じられる場所
この経験を通じて、我が身を振り返らされました。日本には、こうした『国の物語(歴史)を空間として体感できる場』があるだろうか?なかなかイメージした場所をネットで見つけることができず、最終的にChat GPTにこの疑問をぶつけて返ってきたのが、以下の答えでした。
- 建国・国の始まりを意識するもの
- 伊勢神宮(三重)
「日本の国の始まり」を神話的に体感する場。天照大神を祀ることで「日本国の源流」を象徴しているが、あくまで宗教的・神話的な位置づけ。- 橿原神宮(奈良)
初代天皇・神武天皇を祀る神社で、建国記念日の式典が行われる。建国に直接紐づく数少ない「物理的な場」。- 近代国家の成立や独立を感じさせるもの
- 明治神宮(東京)
明治維新を経て近代国家を築いた明治天皇を祀る。日本の近代化の象徴としての意味を持つ。- 靖国神社(東京)
戦争で亡くなった人を祀る場であり、「国を守るための犠牲」を象徴する。ただし政治的議論を含むため、国全体で“共有できる独立の象徴”にはなりにくい。- 国会議事堂(東京)
民主主義国家としての象徴だが、「建国や独立」を体感する場ではなく、政治の場として機能している。- 歴史を体感できる博物館・記念館
- 江戸東京博物館(東京、休館中)、国立歴史民俗博物館(千葉・佐倉)
歴史を学ぶことはできるが、「日本の建国・独立を祝う象徴的空間」としての性格は弱い。- 広島平和記念資料館、長崎原爆資料館
「戦後日本の出発点」として強い意味を持つ。ただし「独立」や「建国」を祝うというより、「平和国家として再出発する誓い」の場。
国家や歴史を感じられる場は、確かに点在している。だが、それらを通じて『日本という国の起源から今に至る歩み』をひとつの物語として体感できる空間は、見つからなかった。点在した歴史や文化を一つにつむぐ存在、これが無いことが私の違和感だったのだと気付くことができました。
『建国記念の日』の曖昧さと物語の欠落
日本では2月11日が『建国記念の日』として、祝日になっています。しかし、これは明確な『建国記念日』ではないのです。
- 戦前は『紀元節』と呼ばれ、神武天皇が即位した日(紀元前660年)を祝っていた。
- 敗戦後GHQの指導により廃止され、一度姿を消す。
- 1966年国民の声で復活したものの『記念日』とは言えず、あえて『建国記念の日』とされた。
このネーミングの曖昧さ自体が、日本人が『国の始まり』をどう捉えるかにおける迷いを象徴しているように思います。『建国記念の日』の日付をめぐっては議論になり、2月11日以外の候補日が挙がったそうです。
- 5月3日(日本国憲法施行の日)
その憲法は日本人が自ら作ったものではなく、連合国から与えられたものでは? - 4月28日(サンフランシスコ講和条約発効)
確かに主権回復の日だが、日本が独立を勝ち取ったというよりは西側陣営への帰属表明に近いのでは? - 8月15日(終戦の日)
これはむしろ『戦前の日本国が終わった日』であり、新たな国家の始まりとして祝うことには違和感を感じる
要するに、日本には『この日を建国として誇れる』と言い切れる日が存在していないのです。建国記念の日において政府主催の式典が行われず、学校においても明確に教えられていないのが、象徴しています。
スリランカとの比較からみえる『物語の選び方』
スリランカは、多民族・多宗教国家です。
- 国民の約7割を占めるシンハラ人は仏教徒
- 一方でタミル人(インド系)の多くは、ヒンドゥー教徒
- さらにイスラム教徒やキリスト教徒も国全体に広がっている
(様々な宗教のお寺や教会が点在しているのも、スリランカの特徴です)
宗教と民族が絡み合い、互いの対立や排除、さらには内戦にまで至った歴史があります。それでも、『宗教と自由を守る』という物語を国の核に据えることで、彼らはひとつの国家像を描こうとしているように感じました。
一方の日本は民族的には比較的同質性が高く、天皇という存在が象徴となり国家の継続性や文化の連続性を静かに体現してきたのだと感じます。天皇という存在は、『国を統治する者』としてではなく、長い歴史と私たちの現在を静かにつなぐ『拠り所』のような存在なのではないか。私は大人になった今、そう感じています。年齢を重ねると伊勢神宮を訪れたくなったり、皇室行事に関心が湧く日本人も多いようです。そうした静かな共感の中に、『日本人としての仲間意識』がにじんでいるように思うのです。
語られなかった物語、そしてその空白
物語は、誰かが描き、誰かが語らなければ、存在しない。神話も、おとぎ話も、きちんと語られてこそ物語になる。だが戦後の日本では、その語り手が奪われたのではないでしょうか。GHQによる紀元節の廃止に象徴されるように、敗戦直後の占領政策の中で、日本人自身が『自分たちの国』を明確に語ることが封じられてしまったのではないか。
そして私たちは、自分たちの物語を持たないまま、高度経済成長やグローバル資本主義の波に、次第に飲み込まれていった。そして気がつけば、『何のために生きるのか』、『どこへ向かうのか』といった根源的な問いを置き去りにしたまま、ただ物質的・経済的な『成長』や『成功』といった、外から与えられた価値観の中を泳ぎ続けているように感じます。もしかすると、それは物語を持たなかったがゆえに、より強くグローバル資本主義の波に巻き込まれてしまった国の姿だったのかもしれません。
いま、物語を描きなおすということ
だからこそ私は、スリランカの独立記念広場で『日本には何がないのか』を見たような気がしました。それは国家としての誇りではなく、国家としての『物語』を描き、語り、共有する空間の不在です。私たち日本人は、再び自分たちの物語を語り直す必要があるのではないでしょうか。それはノスタルジーでも、ナショナリズムでもなく。
これからの世界で他国と本当の意味で対話していくために、
自分たちはどこから来て、どこへ向かうのか
を自分たちの言葉で語れることが、必要になるからです。
子どもや家族と一緒に、そんな問いをめぐって語り合う時間こそが、自由研究の一番の醍醐味なのかもしれません。
