夕べの西新宿1丁目の交差点です。 傘の波に思わずシャッターを切りました。 新宿は311前のいつもの新宿でした。
1980年に入ってから『ライシャワーの日本史』は日本語版が出版されました。 30年ほど前のことです。
ライシャワーさんは、結びに「これまで以上に意思疎通に熟達し、心底から他国民との共同体意識をもつことが日本人に求められているのである」と警鐘を鳴らしています。
日本が世界に貢献できることは理論的にはいくつか考えられるが、それには日本人が克服しなければならないいくつかの課題がある。 それらは、際立った独自性をもつ言語の問題や、対人関係にみせる特有の流儀、自分たちはユニークだという思い込みの排除だと言っています。
ライシャワーさんは、当時の日本を「世界で最も安定した健全な大国として1980年を迎えた」と賞賛しています。
ライシャワーさんが今の日本を見たらどう思うでしょうか? かなり落胆されるでしょうね。 自分の愛するものに裏切られた、、、と。
勿論、世界情勢も30年前とは劇的に変化しました。 ライシャワーさんは、ソ連の崩壊や東西ドイツの統一、アメリカの弱体化や中国の急速な成長はご存じありません。
資本主義の行き着くところなのか、各国は自分勝手な行動に突っ走る傾向にあります。
しかし、今の日本は外の世界との関係ではなく内部崩壊ですからね。
私は、日本は文明と文化の間にあるギャップを上手にマネージすることが下手なのだと思います。
そもそも自分たちに向き合わないことに慣れてしまった日本人は自分たちの文化に無関心になってしまった。
高度成長期にもどれという意見があります。
でも私は種子島の鉄砲伝来の16世紀あたりに立ち返り、安土桃山から徳川時代を振り返ってみるのが将来へのヒントになるような気がしてなりません。 信長・秀吉・家康やその後の将軍や幕府(shogunate)の幹部たちは、文明と文化のギャップのマネージに長けていたと思います。