インティマシーとインテグリティ
~日本人に必要な『親密さ』と『自己の軸』~

私は仲間とともに『日本を解き放つ会』という、少人数ながら熱のこもった集まりを続けています。小林康夫氏と中島隆博氏の書籍『日本を解き放つ』に共感し、その名を借りた場です。書籍の内容も参考に、日本をより良くするためにどうすればいいかを語り合い、今後の活動に向けた作戦会議をしています。

この書籍や会での議論を通して、『インティマシー(Intimacy)』と『インテグリティ(Integrity)』という二つの概念について考える機会を得ました。ここでは私なりの理解と、日本人がこれからどう生きていくべきかについて整理してみます。この二つの言葉は日本人にはあまりなじみのない英語ですが、日本語に訳すと意味合いが変わってしまうため横文字のまま使わせてもらいます。

日本的なインティマシーの問題

インティマシー(Intimacy)は、親密さを表す言葉です。書籍で日本の特徴も表現しているインティマシーの原型は、『母子が密着している状態』と表現されています。つまり日本社会に根づくインティマシーは、『すでに与えられた関係性のなかでの親密性』として存在しています。(子は生まれながらにして、母子の関係が形成されている。)

そのため主語や主体を明確にしなくても『関係性のなかで自分が存在している』と認識され、安心感を与える一方で、問題も生み出します。

  • 集団になると、親密性を盾にした『同調圧力』が生まれやすい
  • 責任は『集団(組織)』に押し付けられ、個人は責任を回避しやすくなる(ときに無責任や甘えにつながる)

これはまさに、日本的な『中空均衡型の社会(誰もがリーダーでないことでバランスが取れる構造)』や『母性原理(包摂し排除しない関係性の原理)』の特徴と重なります。
※詳細については、ブログ『日本の特徴を考える①~父性原理と母性原理~』及び『日本の特徴を考える②~中空均衡型(相互調和型)の社会~』を参照下さい。

 

西欧的なインティマシーとインテグリティ

一方、西欧的なインティマシーは全く異なる出発点を持ちます。そこには親密性が最初からあるわけではなく、相手とゼロから関係を築かなければならないのです。だからこそ必要になるのが『インテグリティ(自己の統合)』です。

  • 自分自身を統合的に把握し、自ら責任を持って『自分とは何者か?』を定義する
  • そのうえで、心の内側を相手に開示する
  • そこから友情=インティマシーが生まれる

つまり西欧においてインティマシーは、インテグリティを通して初めて成立する関係性なのです。

 

日本人にとってのインテグリティ

西欧ではインテグリティが『ロゴス的(論理的)な理性』や『神への信仰』といった絶対性に支えられることが多いのに対し、日本人にとってのインテグリティはもっと個人的で、感情や美意識、人生経験に根ざしたものだと私は捉えています。美意識、価値観、原体験──そこには絶対的な正解はありません。だからこそ日本人がゼロから他者とインティマシー(親密性)を築くには、まず自分自身を正しく認識し、そのインテグリティを明らかにすることが欠かせないのです。

もちろん、その柔軟さは同調や曖昧さに流れる危うさも伴います。それでも多様な人や文化を受け入れ、インティマシー(友情関係)を築くことができる──それが日本人の持つ可能性ではないでしょうか。

 

自己のインテグリティを明確にする具体例

インテグリティを明確にするとは、過去の体験を振り返り、自分が何を大切にしてきたかを掘り出す作業でもあります。

私自身にも、いくつかの原体験があります。

  • 子供時代
    途上国の子供たちの厳しい生活を目の当たりにし、恵まれた環境にある人は社会に貢献するために生きるべきだと感じた。
  • 海外でのコンサル時代
    現地法人の人々の情熱と変革を通し、変革には主体的に取り組む内部のキーマンが不可欠だと実感した。
  • 日本でのコンサル時代
    恵まれた大企業の社員が幸せそうに見えず、幸せになるためには教育や環境だけではなく、一人ひとりの自律が不可欠だと感じた。

こうした体験を通じて、私は『社会貢献』、『内部からの変革』、『自律』を、自分のインテグリティ(価値観の核)として大切にしてきました。

 

幸せや働く目的を振り返るヒント

もし関心があれば、過去のブログもぜひご覧ください。インテグリティを考えるヒントをいくつか紹介しています。

 

妥協でなく、止揚へ

日本人は絶対的な信念を持ちにくいため、ときに『同して和せず』の状況(妥協の産物)に陥りやすい。けれど必要なのは、『和して同せず』。つまり、自己のインテグリティを深く問い直しつつ、相手との対話を通じて新しい次元へと止揚(昇華)していくことです。

そのためには、単に自分の考えを語る力ではなく、相手のインテグリティを引き出し、受け止める『聞く力』や『問いかけの力』が不可欠です。これは対話力とも言い換えられるでしょう。

 

おわりに

インティマシーとインテグリティ。この二つの概念は、西欧と日本の文化的な違いを映し出すだけでなく、これからの私たち日本人にとって『どう生きるか』の実践指針にもなります。

与えられた関係性に安住するのではなく、自分の軸(インテグリティ)を問い直しながら、他者との関係(インティマシー)をゼロから築いていく。その往復の中に、私たちの自由や創造の可能性があるのではないでしょうか。

 

このブログを読んでくださった方への質問

  • これまで『インティマシー』を築いた時(相手との心の距離が縮んだと感じた時)、どのようなことがきっかけでしたか?
  • その時あなたが相手と共有したことは、何だったでしょうか?

社会人になると、本音を語り合える友人を得ることは簡単ではありません。だからこそ、インティマシーを育むために、まずあなた自身を誰かに語ってみてはいかがでしょうか。