殻に籠るリスク 
~山椒魚(井伏鱒二)~

かわいそうな山椒魚と蛙を覚えていますか?

初夏の水や温度は、岩屋の囚人たちをして鉱物から生物に蘇らせた。そこで二個の生物は、今年の夏いっぱいを次のように口論し続けたのである。(中略)
「お前こそ頭がつかえてそこから出ていけないだろう?」
「お前だって、そこから出ては来れまい」
「それならば、お前から出て行ってみろ」
「お前こそ、そこから降りてこい」

山椒魚 井伏鱒二

頭が大きくなりすぎで住処(岩屋)から出られなくなった山椒魚と、岩屋に閉じ込められた蛙との対話です。井伏鱒二の『山椒魚』と聞けば、昔教科書などで読んだ記憶がよみがえってくる人も多いのではないでしょうか?

10ページほどの短編物語ですが、私たちにも多くの気づきや学びを提供してくれます。

 

私も気づけば山椒魚、、、

物語で山椒魚は住処である岩屋に閉じこもり、外の生き物たちを批判していました。時間が経ち山椒魚の頭は大きくなり、岩屋から出ようとした時には頭が引っかかり出れなくなりました。自分の殻に閉じこもっている意識はなくても、気付けば出られなくなっていることはよくあります。

私は学生時代の留学から社会人の十数年間、海外を中心に生活をしてきました。海外から日本や日本企業を見て持った違和感や問題に対して本格的に取り組みたいと思い、2016年日本に戻りました。それから気づけば、早くも7年が経とうとしています。岩屋に閉じ込められた山椒魚は2年で出られないようになってしまったので、7年というのは自分の殻に閉じ込められるには十分すぎる時間です。

7年の間に想いを持つ人たちに出会うことができ、また様々な企業や組織の変革に携わることもできました。一方でコロナ禍の影響などもあり、しばらく海外に行かない生活が続いています。日本から出ない生活が自分にとって普通になり、居心地がよくて楽な日本から出たくないと無意識的に考えている自分にも気づきました。

このままだと自分が感じていた日本や日本企業の問題や違和感に、自分自身も染まってしまうのではという焦りを感じました。また自分の子供や若い人たちに対して自分の考えを押し付け染めてしまうことにより、物語に出てくる蛙のような人たちを作り出してしまうのではという危うさにも気づきました。

 

日本企業の山椒魚は?

岩屋を日本企業や組織とした場合、山椒魚に該当してしまう人は誰でしょうか?企業や組織によって状況は色々ありますが、その企業や組織一筋で歩んできた経営者や管理職は陥りやすいでしょう。自分の会社や組織、業界に閉じこもり自分たちの常識ばかりを重視し、外の会社や業界を批判ばかりしている人は居ないでしょうか。

意気揚々と岩屋に入ってきた若い人材に対して、頭ごなしに自分たちのやってきたやり方を押し付け、反発されると『最近の若い者は、、、』という言葉で自己正当化に走る人。『自分たちは変わりたくない』、『先も長くないので今更変われない』と思い、若者たちにも自分たちと同じ状況になることを無意識に強要してしまっている人。

また岩屋に迷い込んだ(自ら期待して入ってきた)若者たちも、最初は上司や会社のやり方に違和感を持ち反論をしていても、最終的には流されて染まってしまう。最近は転職市場がプラットフォーム化されているので、出ていく人も増えています。

経営者や管理職のなかには、組織に染まったこれまでのやり方に問題意識を持つ方が増えてきています。ただどうすればいいのか分からず、ため息を吐きながら悩んでいる人も多いのではないでしょうか。

 

岩屋から這い出すために

時間が過ぎるのは我々が思っている以上にあっという間で、特に本人は気づき辛いです。また環境に染まるのも簡単で、自分では気づき辛いです。時間や自分の変化に注意深い意識を持つことが、岩屋(自分の殻)に閉じ込められないために我々が出来ることでしょう。

頭が大きくなりすぎて岩屋から出られなくなってしまった場合、どうすればいいでしょうか。岩屋から外の世界を評論家のように批判するだけでなく、自ら積極的に関わる努力が大切だと思います。孤立するのではなく、また流されたり染められたりするのでもなく、違いを理解したうえで一緒にできることを考えてみる。また岩屋に入ってき人にも、まずはよく話を聞いて、違いを理解する。その違いの背景や原因を深く考えることで、自らを変える機会が見えてくるかもしれません。

物語にも、ひとりで悲歎にくれているものをそのままの状態に置いておくと『良くない性質』を帯びてくる、と書かれています。他者との関りを断絶すると、いいことはないでしょう。

  • 自分と他者(公)の距離感を見直す
    自分を孤立させても良くない、また他者に染まり受け身になることも良くない。トライアンドエラーで最適なバランスを常にとる
  • 知識・情報を詰め込むだけでなく活用する
    知識や情報の取得を通して『自分が考えたこと』を他者と共有し、コミュニケーションを通して考えを更にアップデートさせる

行き詰まっていた思考が循環しはじめると頭もすっきりして、岩屋から出られるようになるかもしれません。

 

『迷子になる地図』のブログを通して、皆さんや皆さんの身近な人とは異なる考えに触れる機会を提供していきたいと思っています。人生という限られた時間のなかで様々な考えに触れ、自分の価値観や判断軸を互いに築いていく。そんなコミュニティが形成できると、岩屋に閉じ込めれる山椒魚や蛙は居なくなるはずです。