気になる人 秋満吉彦氏
ブログでたびたび引用させていただいている、私の好きな番組『100分de名著』。
- 時代にマッチした名著とテーマを選ぶセンスと統合力の高さ
- 難しい内容をわかりやすく説明するだけでなく、新しい捉え方を見せてくれる解説者
- 名著に対するハードルを下げてくれる伊集院光さんと解説者との掛け合い
この素晴らしい番組を企画しているプロデューサーの秋満吉彦氏に、以前から興味を惹かれていました。その秋満氏が番組企画の裏側まで語る書籍『名著の予知能力』が出版されるということで、早速読んでみました。
新しい概念を提供してくれる名著
なぜ私が100分de名著という番組に、ここまで惹かれているのか。その理由の一つに、秋満氏の名著に対する捉え方と、番組のミッションがあることに気づきました。
古典や名著と呼ばれるものには、必ず現代人の生き方や現代社会を読み解くための鍵が潜んでいる。この鍵を浮かびあがらせること。それがこの番組のミッションだ。(中略)
名著の予知能力 秋満吉彦
「名著は現代を読む教科書である」という明確な基準で本をセレクトする。
そしてこの現代を読み解くための鍵について、以下のように説明されています。
概念は、私たちに多くのものをクリアに見せてくれる「レンズ」の役割を果たしてくれた。(中略)名著は、概念の力によって、これまで見えなかった問題や解決方法を鮮やかに見せてくれることがある。私は、この番組で、そんな「概念の力」を名著から引き出していきたいといつも考え続けている。
名著の予知能力 秋満吉彦
私は「概念」を「言葉」と置き換えて読むことにより、深く納得しました。例えばブログ『甘えられる人はいますか?~甘えの構造(土居健郎)~』で紹介した「甘える」という行為について、「甘える」という言葉を持たない欧米人にとっては甘えるという概念がない。そのため相手が甘えてきても、意図が理解出来なかったり、対処方法が分からなかったりする。そこで欧米人に対して「甘える」という概念を伝えると、これまで理解できなかった甘える行為の原因や意味を知ることができ、対処方法まで見えてくる。
我々人間は自分が知っている知識や概念のなかでしか考えられないので、どれだけ多くの概念(言葉)を知っているかが思考の広がりや深さを決めることになるのです。だからこそ、多くの概念を提供してくれる名著はとても貴重な存在です。一時の流行をもたらすだけの、ハウツー本にはない魅力です。ただ初心者にはハードルが高い名著も多いので、概念の一部を紹介してくれる番組は、名著のハードルを下げてくれる魅力があるのです。
名著との付き合い方
秋満氏は書籍のなかで、名著との付き合い方についても名言を述べられています。
名著には、(中略)自分自身の人生と接続するような「フック」が必ずある。そして、そのフックによって名著が人生と接続されるとき、何かが変わり始める。(中略) 作者が作品の中で発した問いを受け止め、自分自身が生きる人生の中の切実な問いと重ね合わせてみる……それが「名著を人生と接続する」第一歩だと思う。
名著の予知能力 秋満吉彦
私は本を読む時、その本の内容だけに集中するのが苦手です。一ページ読む毎に、「これって今やっている仕事でいうと何だろう?」、「自分のこれまでの人生でいうと、どの経験が当てはまるかな?」と寄り道をしてしまいます。秋満氏が言う「名著を自分の人生と接続している」と捉えると、読むのが遅いという自分の欠点も良いもののように捉え直すことが出来ました。
100分de名著の特徴の一つは、作者の生い立ちや時代背景から解説されていることです。これも「作者が発する問い」を正しく理解するためには、背景からきちんと理解する必要があるという、秋満氏の強いこだわりを感じます。
向き合う姿勢
他者に向き合う上で、とても大切だなと感じることも書かれていました。それは伊集院光さんが番組で発言された内容です。
「問い続けることをやめるってことは、『答えが出たと思う』か『諦める』かのどちらかになるのではないか。でも、『諦める』ことは完全な分断だし、『答えが出たと思う』ことは偏見だと思うんですよ」(中略) だから、一番大切なことは、『問い続ける』こと
名著の予知能力 秋満吉彦
私は見切りが早い方だという自覚もあり、本の内容や仕事の問題などに対しては直感で答えが出たと思い込む傾向が強いです。また人に対しても、きっと相手はこう思っているだろうという直観で分かったつもりになります。これらの行為は、伊集院さんが言う『偏見』を形成していることなのだなと反省させられました。番組で紹介される書籍のなかには、過去に自分でも読んで理解したつもりになっていたものもあります。ただ番組で解説者が紹介するポイントはどれも自分が見つけられていなかったもので、自分の理解の浅さを思い知らされます。
浅い理解で分かったつもりに陥ることは、仕事でもよく見ることです。最近流行のパーパスや1on1、評価制度(MBO)などについて理解したつもりになっている人が多いのですが、その意義や目的、背景、他への影響などをきちんと理解している人は少ないように感じています。常に自分は理解できていないんだ、もっといい理解や解釈はないのかと問い続けることが、他者(人に限らず、本、仕事など全て)と付き合う基本姿勢だと感じました。
また問い続けることを阻害している、人間の心理についても書籍を通して知りました。
自分が善であることを疑わず、自分の外側に悪の存在を想定して、その悪と戦うことが自分の存在を正当化すると考えるような思考のパターン(中略)
名著の予知能力 秋満吉彦
今や、この思考パターンは世を、そしてネット上を席捲している。(中略)
誰かの話を聞く時、本を読む時には、知らず知らずのうちに自分の考えや存在を正当化できるように、相手を理解している自分に気づかされました。これは相手に誠実にありたいという、私の価値観と真逆の態度です。これを直すためにも、自分に問い続けることを意識したいと思います。
名著との付き合い方や問い続けるという姿勢を考えていると、以前先輩に言われたことを思い出しました。
長く読まれている本は普遍性があって奥が深い。数冊でいいからそういった本を、若い時(できれば40歳くらいまでに)に読んでおくと、後々読み返して自分の変化を楽しむことができていいよ。
人生のパートナーになる本を探すと考えると、名著に向き合う瞬間もワクワクします。